前途無難

安全保障関係の記事・東南アジアのテロ情勢など

インドネシアの連続テロ事件(2018年5月13日まで)

HEADLINES
1. ジャワ島各地でテロ事件が続発
2. ラマダーン期間とテロの関係
3. 事件詳細:西ジャワ州デポックで刑務所暴動
4. 事件詳細:東ジャワ州スラバヤ市で連続爆弾テロ

 

1. ジャワ島各地でテロ事件が続発

 5月4日(金)以降、インドネシアではテロに関する事件が相次いでいる。
13日(日)時点でもスラバヤ市で爆弾テロが発生し、この状態は継続中といえる。

 個別の事件は後述することとし、最初に全体の動向をまとめて理解したい。
まず、このところ発生している主なテロ関連事件は次の通りである。
▶5月4日(金)(西ジャワ州ボゴール)学生ら3人を爆弾テロ計画の容疑で逮捕
▶5月9日(水)(西ジャワ州デポック)テロリストなどを収容する重警備区刑務所(Mako Brimob)で収監者が暴動
▶5月10日(木)(西ジャワ州デポック)暴動の起きた重警備区刑務所の外で、男性2人組が警察官を刺殺
▶5月10日(木)(西ジャワ州ブカシ)刑務所暴動の「支援」に向かおうとした4人逮捕
▶5月12日(土)(ジャカルタ市)警察機動隊(Mobile Brigade Police)本部を、刃物で襲撃しようとした2人の女性逮捕
▶5月13日(日)(西ジャワ州チアンジュル)警察特殊部隊とテロ容疑者4人組が銃撃戦
▶5月13日(日)(東ジャワ州スラバヤ市)連続爆弾テロが発生、13人死亡・41人負傷

 インドネシアでは2010年以降、対人被害の出るテロ事件は年間10件以下であり、この続発は異例の事態といえる。
もっとも、上記の7件の事件のうち、3件は西ジャワ州の刑務所暴動に関するものであるため、数え方によっては5件。

 問題は、当面のあいだ、こうしたテロが続くかどうか、だ。
この際にまず考えなければならないのは、刑務所暴動に「支援」に向かおうとした事件が少なからず起きていたことである。
また、機動隊本部への刃物での襲撃など、「ローン・ウルフ」と見られるものの、暴動への同調が窺える事件も起きている。
これらから推測すると、今後も同調者がテロを起こすと考えるべきだろう。

 また、スラバヤ市でのテロが、明らかにキリスト教会を狙っていたことから、無差別テロにも警戒を要する。
インドネシアでは、2000年代を中心にホテルやナイトクラブなどをねらった無差別テロが頻発していたが、最近は基本的に治安機関を狙ったものが「主流」となっていた。
ところが、スラバヤでの多数の市民を巻き込む意図がみえる事件は、これまでの性質の変化ないし「回帰」をうかがわせる。

 

2. ラマダーン期間とテロの関係

 さらに、5月16日(水)からイスラーム教徒はラマダーン期間にはいる。

 一般に、「ラマダーン期間はテロが増える」などと言われるものの、インドネシアでは実は、ラマダーン期間にテロが増えるとは観察できない。
たとえば、下のグラフは2016年のインドネシアでのテロ事件を月別に集計したものである*1。
この年は6月6日から7月5日がラマダーン期間だったが、その期間にテロが増えているわけではない。

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 全世界的に見ても、ラマダーンの時期だからといってテロ事件が増えるというのは、相関関係が確認できるほどの傾向ではない。
むしろ、単に「そのように言われているだけ」であると考えるべきである。

 しかし、今年は上記のようにテロがラマダーンを前にテロが続発してしまい、さらにこれらが過激派組織の「宣伝」に利用されるため、「結果として」ラマダーン時期に前後してテロが集中する可能性は高い。

 スラバヤ市で無差別テロに「成功」している点を鑑みると、ジャカルタ中心部の人の集まりやすい場所(タムリン通りなど)、宗教施設、ナイトクラブなどに接近するのは避けるべきだろう。
また、ホテルや空港では、チェックインなどを手早くすませられる時間を確認し、なるべく早急に安全な場所(たとえば空港だと手荷物検査場以降のスペース、ホテルでは客室など)に移動するほうが、身の安全に資することになろう。

 

3. 事件詳細:西ジャワ州デポックで刑務所暴動

 5月9日(水)、西ジャワ州デポック(Depok)にあるテロリストなどを収容する重警備区刑務所(Mako Brimob)で、拘束者が暴動を起こした。
警察官5人が殺害され、衝突中に収容者1人も死亡した。
警察の報道官によると、事件は5月8日(火)夜に、収容者の食料要求を拒否したことで始まった。
刑務所には約130人が収容されていたが、10日(木)朝までに事態は収拾された。

 この事件に引き続き、上記のように「支援」のためとみられる行動が連発したことも注目する必要がある。
▶5月10日(木)西ジャワ州デポックの、暴動の起きた重警備区刑務所の外で、男性2人組が警察官を刃物で刺殺
▶5月10日(木)西ジャワ州ブカシで、刑務所暴動の「支援」に向かおうとした過激派のメンバー4人が逮捕
これらは明示的に支援を謳っており、潜在的にはより大きな数が存在するだろう。
後者の4人の逮捕事件では、関与する組織も、ジェマ・アンシャルート・ダウラー(JAD)と明らかにされている。
JADは、かつてインドネシアで爆弾テロなどをたびたび起こしていたジェマ・イスラミーアの分裂した組織である。

 一方、この事件について過激派組織「イスラーム国」(ISIL)は犯行声明を出したが、関与の明確な根拠はない。
暴動の首謀者は、ISILに忠誠を誓っていたとも報じられているが、そもそもの発端は食事をめぐる争いであり、あくまで偶発的な刑務所暴動であったものに、過激派が便乗したものと見るべきであろう。

 

4. 事件詳細:東ジャワ州スラバヤ市で連続爆弾テロ

 5月13日(日)、東ジャワ州スラバヤ市で、爆弾テロが少なくとも3回連続して発生し、13人が死亡、41人が負傷した。
爆発は午前7時30分(現地時間)ごろに、市内の3か所のキリスト教会で発生した。
54人の死傷者のうち、警察官は2人(負傷)で、これまでの治安機関狙いのテロとは性質が異なるとわかる。

 1回目の爆発はサンタ・マリア・カトリック教会、2回目はスラバヤ中央ペンテコステ派教会、3回目がGKIディポネゴロ教会で、ほぼ時間的に間を置かず発生した。
一連の爆弾テロは、市内に住む一家によるものであると見られ、2人の少年がバイクでサンタ・マリア教会を、その父親が車でスラバヤ中央教会を、母親と娘2人がディポネゴロ教会を爆破した。
日曜日の午前中のため、キリスト教会はいずれも礼拝の人々が集まってきていた。

 このテロ攻撃についても、ISILはアマク通信で犯行声明を出したが、関与の明確な証拠は示していない。
だが、自爆テロを行った一家は、シリアからの帰還家族であるとの情報もあり、その場合には、いわゆる「帰還外国人戦闘員」(returned foreign fighters)によるインドネシア初のテロということになる*2。
帰還家族との情報が事実とすると、爆弾の製造方法や戦術面で、少なからずISILの影響があったと見ることができる。
この点では、前記の刑務所暴動とはまったく性格を異にすると見てよい。

 関連して、爆弾テロの未然阻止が少なくとも2件報じられている。
1件目は、5月4日(金)に西ジャワ州ボゴールで、17歳の学生ら3人が爆弾テロ計画の容疑により逮捕された事件である。
警察庁舎ならびに警察署をねらった自爆テロを計画しており、高性能の爆発物も押収された。
いま一つの事件は、スラバヤ市でのテロと同じ5月13日(日)早朝、西ジャワ州チアンジュル(Cianjur)で、警察の特殊部隊とテロの容疑者4人組が銃撃戦になり、4人とも射殺された事件である。
4人組は、スカブミ(Sukabumi)からチアンジュルに移動しているところを特殊部隊に追跡され、部隊が逮捕に踏み切ろうとしたところ銃で反撃したために全員射殺された。
車からは爆発物を入れた袋3個、拳銃2丁などが押収された。

 

*1 メリーランド大学を中心としたコンソーシアムGlobal Terrorism Databaseに基づく。
https://www.start.umd.edu/gtd/
*2 後日、国家警察はこの情報を訂正し、シリアへの渡航歴はないとした。