前途無難

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タイ深南部で「スカーフ着用問題」・・・なのか?

 マレー系イスラーム教徒の多いタイ深南部で、女性が身体の一部を隠す「ヒジャブ」の着用をめぐって、治安等に影響を及ぼしそうな行政判断が下った。

 「ヒジャブ」(スカーフ)は、周知のとおり、イスラーム教徒の女性が、身体の一部を隠す目的で着用する。
地域の慣習やイマームの判断によって、髪の一部でいいとか、額までだとか、隠し方にはバリエーションがあるが、ともかく、頭髪を中心に隠す目的で用いられる。

 

 そのスカーフをめぐって、2018年6月14日(木)、タイ教育省が、仏教徒の経営する学校においてはヒジャブ(スカーフ)を着用してはならない、との裁定を下した。
問題となったのは、パッターニー県で仏教寺院が経営する「アヌバン・パッターニー・スクール」の学生が、イスラーム教徒の女性である場合、ヒジャブを被ることができるかどうか、というもの。
教育省は、ヒジャブをかぶってはならないとするドレス・コードは、学校と寺院との合意に含まれており、学校の所属者はそれに全面的に従う必要があると判断した*1。

 

 フランスで1980年代後半から問題になったスカーフ着用問題とは、いくつかの点で違いがある。
第一に、フランスの場合は公立学校での着用が問題となり、それは「政教分離」との峻別が必要であるという判断基準に拠って立つ。
一方、今回のタイの裁定は、あくまで仏教徒が寺院の一部を利用した学校においてヒジャブを着用してよいのかを争ったのであり、私的紛争と解釈できる。
第二に、タイの裁定については、これを憲法などにかかわる問題として争うという勢力がほぼないのも特徴であろう。
フランスの場合は、憲法裁判所まで持ち込まれる問題となったのとは対照的である(フランスのケースについては、樋口陽一『近代国民国家の憲法構造』などに詳しい)。
さらに、フランスでのヒジャブ着用については、政教分離だけでなく、個人の自由と平等という価値をめぐっても争いがあったわけだが、この点についてもタイで争う方針はいまのところ見られない。

 

 ただし、それと住民の「反感」とはまったく別の話で、もとより紛争の続いている深南部で、「火に油」である可能性は否定できない。
原理的に争うかどうかとはまったく別個に、すでに武装闘争を行っている過激派勢力が学校を銃撃する、あるいは僧侶を拉致するといった物騒なことが起きないとも限らない。
ちなみに先週は、深南部ヤラー県で、2件の銃撃事件であわせて6人が死亡している。
ベナル・ニュースによると、2018年のラマダーン期間中にこうした暴力行為による死傷者は40人(25人死亡・15人負傷)に達した*2。

 


*1  Benar News, 14 June 2018, Thai Education Ministry Bars Hijab at Buddhist School in Deep South, https://www.benarnews.org/english/news/thai/Pattani-school-hijab-06142018170312.html

*2  Benar News, 11 June 2018, 6 Men Killed in Separate Shootings in Thai Deep South, https://www.benarnews.org/english/news/thai/six-killed-06112018132220.html